シリーズ第2章
植物におけるRNAサイレンシング

(1)植物細胞内にRNA依存RNAポリメラーゼを発見 

                    バイオ技術教育学会理事長 池上正人

 

私は、1977年から1980年にかけて、米国カリフォルニア大学バークレー校の分子生物学科・ウイルス学研究室(Department of Molecular Biology and Virus Laboratory)のハインツ・フランケルコンラット教授のもとに客員研究員として留学した。分子生物学科・ウイルス学研究室のある建物はスタンレーホールと呼ばれ、1946年タバコモザイクウイルス(TMV)の精製・結晶化1)でノーベル賞を受賞したウエンデル・スタンレー博士を記念して建てられたものである。分子生物学科・ウイルス学研究室の前身はウイルス研究所で、スタンレー博士はそこの初代所長であった。

スタンレー博士にはTMVの結晶化にまつわるいくつかのエピソードがある。

1926年に米国コーネル大学のサムナー博士がナタマメからウレアーゼを精製し、結晶化した。当時、誰もが酵素はタンパク質ではないと信じていたが、それが打ち消されることになった。酵素を結晶化できるというサムナー博士の発見はその時代の生化学者に衝撃を与えた。 スタンレー博士は、TMVは酵素のようなものであろうと考え、酵素の精製法をTMVの精製に取り入れ、2年足らずのうちに成功した。高純度で、10億倍希釈でも感染するという活性の高いウイルス結晶の標品を得ることに成功した。4,000 kgという大量のTMV感染タバコ葉から5,000 ℓの抽出液を得て、ここから粗グロブリンタンパク質画分を得、さらにTMVを精製した。まるで工場の作業のような、大量のタバコ葉からTMVを精製した話は有名である。スタンレー博士は、有機化学分野で訓練を受けており、タバコ病葉を大量にすりつぶし、ウイルスを抽出することはお手の物であったのであろう。

留学した当時、フランケルコンラット教授の研究室は建物の2階にあった。その上の階にガンサー・ステント教授の研究室があった。ステント博士はバクテリオファージ研究で初期の分子生物学をリードした有名な科学者で、「バクテリオファージ――その分子生物学」(渡辺格他訳、岩波書店、1972年)、「進歩の終焉―――来るべき黄金時代」(渡辺格他訳、みすず書房、1972年)などの著書でも知られていた。

私が師事したフランケルコンラット教授はTMVの試験内再構成実験(1955年、1957年)2, 3)、TMVの感染性はコートタンパク質ではなく、TMV RNAがもっていること(1957年)3)など、TMVの分子生物学分野において数々のすばらしい成果を挙げておられた。

フランケルコンラット教授はウイリアムズ教授と共に、可溶化したTMV RNAと可溶化したTMVのコートタンパク質を試験管内で混合し、感染性のあるTMV粒子を再構成させることに成功した(1955年)2)。この実験が分子集合、あるいは自己集合という概念と技術を誕生させた最初の実験となった。再構成粒子を電子顕微鏡で観察してみると、300 nmのTMVに相当する棒状粒子が多数観察された。さらに、フランケルコンラット教授はTMVの2種類の株を用いた試験管内再構成実験によってTMVのRNAがTMVの遺伝形質を支配していることを示した(1957年) 3)。ハーシー・チェイスの実験で有名なアルフレッド・ハーシー博士とマーサー・チェイス博士はバクテリオファージを用いてDNAが遺伝子の本体であることを証明した(1952年)4)。オズワルド・アベリーが始めた核酸とタンパク質の役割分担に関する長い一連の実験を、アルフレッド・ハーシーとマーサー・チェイス、とフランケルコンラット教授が完結したのである。

私は、フランケルコンラット教授のもとで植物ウイルスであるタバコネクロシスウイルス(TNV)の複製酵素の精製やその特性について研究を行った。実験を行っていくうちに予想外の結果を得た。それはTNVの宿主であるタバコ葉にRNA依存RNAポリメラーゼ(RNAを鋳型にしてRNAを合成する酵素)活性を検出したことである。またタバコ以外にもハクサイ、ササゲ、レタス、ビート、トウモロコシ、エンドウ、ソラマメ、キャベツ、カリフラワーと広範囲の植物からもRNA依存RNAポリメラーゼ活性を検出することができた。

当時、植物細胞内にはRNA依存RNAポリメラーゼは存在しないと考えられていた。それから30年程経って、植物中に存在するRNA依存RNAポリメラーゼはウイルスに対する防御機構であるRNAサイレンシングにおいて重要な働きをしていることがわかってきた。分子生物学のセントラルドグマ(DNA→RNA→タンパク質)では説明がつかないRNA依存RNAポリメラーゼを発見した当時、私は論文発表を躊躇した。その時、フランケルコンラット教授は、「科学結果に対して常に心を開いていなければならない(Open mind)。」とおっしゃり、発表に踏み切った5, 6,7)

 RNA依存RNAポリメラーゼが関わっているRNAサイレンシングはRNAが転写後に配列特異的に分解される現象であり、その分子機構は真核生物に広く保存されている。植物でのRNAサイレンシングの役割の1つはウイルスに対する防御機構である。次回はウイルスに対する植物のRNAサイレンシングによる防御機構についてお話をしたい。

                                  文献

1) Stanley,W.M.: Science 81, 644-645 (1936)

2) Fraenkel-Conrat,H. , Williams, R.C.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA 41, 690-698 (1955)

3) Fraenkel-Conrat,H. , Singer,B.: Biochim. Biophys. Acta 24, 540-548 (1957)

4) Hershey,A.D., Chase,M. : J. Gen.Physiol.36,39-56 (1952)

5) Ikegami,M., Fraenkel-Conrat,H.: FEBS Letters 96, 197-200 (1978)

6) Ikegami,M., Fraenkel-Conrat,H.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA 75, 2122-2124 (1978)

7) Ikegami,M., Fraenkel-Conrat,H.: J. Biol. Chem. 254, 149-154 (1979)

                                 

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